ADHDだった少女のその後

ADHDと診断されて早10年

仕事で成功出来そうな気がしなかったからせめて結婚だけはすることにした

仕事をしていて辛かったのが、人の話を聞けないこと、どうしても不注意でミスが多いこと。

 

学生の頃から変なミスが多いし、授業中どこやってるのか分からなくなるし、こりゃ、社会に出たら大変だなと思った。

事務作業をやらせたらヤバそうだから、細かい作業の少ない、そして、私の容姿やおしゃべりが活きる販売職を仕事に選んだ。

 

その販売職でさえ続かす、今はこうして無職で転職中。

 

25歳既婚第二新卒という条件の転職活動は厳しい。

特に、未経験の職種を狙ってるから厳しい。

 

私は、働きたくないわけじゃない。

25歳の健康な女性として、お金を稼いで過ごしたい。

 

社会人生活は辛かったけど楽しかったから。

それに、心配していた「週5でフルタイムで働く」とか、「怒られながらも仕事を覚えていく」ということが可能だと分かったから。

職場環境が良くなかっただけで、私はちゃんと「社会人をやれる」ということが分かったのは大きかった。

結果的に仕事は辞めてしまったけど、自信がついたからまた挑戦しようと思える。

 

さて、この、「社会人やれる自信がついた」ってのはメチャクチャ大きい。

学生時代、遅刻やミスを繰り返し、「私本当に社会人としてやっていけるかな?」ってとても不安だった。

 

なにしろ、ADHDだし。

 

十代の頃に、「負け犬の遠吠え」という本が流行った。

30歳超えて結婚してないのは負け犬!と言い切ったのが痛快で世間にウケたらしい。

 

負け犬の遠吠え

負け犬の遠吠え

 

 

でも、この人達はキャリア積んでて自立してるし、結婚してないとはいえ金持ってるんだよね。

 

キャリア積んでて自立してて結婚してない女性が「負け犬」。

なら、非正規で貧乏で結婚してない女性は「犬の腐乱死体」じゃないか、ってどこで読んだっけ?

 

私は、学生の時から社会不適応者の気があった。

病んで、働けなくなってしまうかもしれない。

 

そうした時に、まだ、結婚してれば救いがあるかもしれない。

経済的にも、精神的にも。

 

そう思って、私は「せめて結婚だけはしよう」と心に決めた。

18歳の頃である。

 

受験は本当はMARCH以上に行きたかったけど、集中力がない私は撃沈。

MARCH以下の大学はいわゆるお嬢様女子大学しか受けなかった。

自分の偏差値が低くても、インカレサークルなどで優秀な男子生徒に出会えるからである。

 

私は、なるべく早く結婚したかった。

25歳までには結婚したい。

できれば、もっと早く。

 

23~25歳で結婚するならば、その若さでの婚約に説得力を持たせるため、3年は付き合っておきたい。

と、なると、例えば最短で社会人1年目の23歳で結婚するならば、20歳の頃にはもう付き合っているのが望ましい。

大学2年生ぐらいまでには付き合っておきたい。

 

どうせ目指すならば、最短での結婚。

受験勉強ですっかり「何かに追われる辛さ」に懲りた私は、30前後になってまた婚活で焦るなんてまっぴらごめんだった。

 

大学在学中は、もちろんインカレサークル所属。

優秀でカッコイイKO生がたくさんいた。

 

しかし、結局、私はインカレサークルの男の子とは付き合わなかった。

 

あるイベントで偶然出会った、今まで会った人の中で一番優秀な学生と付き合うことにした。

 

付き合うっていうか、この人と結婚することにした。

 

私に興味無さそうだったから、自分から声を掛けた。

あの時声を掛けなかったら、私たちは一生交わっていなかったと思う。

 

優秀な人が待ってるだけで自分に声をかけてくれるなんてさらさら思っていなかった。

 

大学1年生の事である。

 

それからの私の青春は全てこの人と共にある。

そして、18歳のあの頃誓った通り、24歳で結婚した。

 

私は相変わらずトットちゃんで、仕事なんて続きやしなかった。

 

ドジで、不注意で、精神的に弱くて・・・

 

それでも、私は旦那がいるという事に救われる。

旦那と共に、将来のために、仕事探さなきゃな、明日も頑張らなきゃなって思える。

 

この人がいなかったら、私はもっと辛かった。

 

 

私はADHDで、不注意で、感情が激しくて、社会で生きていくのはちょっと難しい。

 

でも、そういう人には、そういう人なりの人生の作戦がある。

未来の私がどうしようもない孤独とか虚無感に悩まされないように、18歳の私はきちんと考えて、動いたんだ。

 

こんな素敵な旦那を捕まえてくれて本当にありがとう、と過去の私に言いたい。