読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ADHDだった少女のその後

ADHDと診断されて早10年

ADHDと診断された時のこと

あれは私が高校1年生、15歳の時だからもう10年も経ったことになる。

 

その頃私は自分の「分かっているのにできない」っぷり、運動神経の悪さ、「話を聞く」という能力の無さ、これらのことによって受けた数々の屈辱に心を打ちひしがれていた。

 

二次障害により、抑うつ状態が続き、夜は眠れず、学校の授業に全くと言っていい程集中できない。家では「死にたい」と言って暴れる。

 

家族も私も、「なんとかしなくてはいけない」と思った。

 

そこで、心療内科に受診する事になった。

今思えば、もっと早く受診すべきだったと思う。

 

初めての受診で、自分の生い立ちをカウンセラーに話していたら、ついつい泣いてしまった。誰にも言えなかった、言ってもどうせ「努力不足」と言われるようなことを話したら泣いてしまった。おばあちゃんのスタッフがいて、泣いていたら和菓子をくれたことを覚えている。

 

私は幼い頃から読書が好きであった。心が辛かったから、精神や思春期の心に関する本もいくつか読んでいた。その中にあった「発達障害」という概念がどうも自分に当てはまるらしいことを見つけた。

 

何回かのカウンセリングの中で、どうも自分には脳からして障害がある気がする、という事を医師に伝えた。自分はあまりに運動神経が悪いし、「〇〇してから〇〇しましょう。」という説明を聞き取り、覚え、実行することがなぜかできないのだと。

 

すると、医師の判断により、私はWAIS-Ⅲというテストを受けることになった。

これはいわゆるIQテストのようなもので、言語能力や情報処理能力など各能力の偏りを調べるために行われた。

 

結果は、ざっくり言うと「能力に大きく偏りが見られる」ということと、私の生育歴から判断して、不注意型の「ADHD」という発達障害と言える、ということだった。(正確には、多動がないため『ADD』である)

 

「能力の偏り」は、何がどのくらいの数値だったかは忘れたが、確か言語性IQと動作性IQが10くらい離れていた。絵を並び替えてストーリーを作っていくテストの点数がやたら悪かったのが印象的だった。出来なかった実感がなかったが、意外と出来てなかったらし。逆に良かったのが絵に似せてパズルを作っていくテスト。美術の成績が良かったのはこのおかげか。

 

診断を受けて、思ったのは、「安心した」ということ。

 

今まで、自分がどうしてこう人と同じように出来ないのか分からず、いつも悶々としていた。人間、訳が分からないとすごくストレスが溜まるものなのである。それが、「発達障害である」という理由を与えられたことにより、「答え」が与えられたのである。

 

少なくとも、「訳の分からない状態」からは解放された。

 

悪いのは私ではなくて、私の「脳の働き」だったんだ。

 

とはいえ、高校の普通科に入学し、将来なるべく偏差値の高い大学を卒業し、「普通に就職する」ことを目指している私は、発達障害だろうがなんだろうがとりあえず日々やる事をこなさなければならない。

 

この日から、「発達障害者として」いかに生きて行くか模索する日々が始まった。

 

結果的に言うと、紆余曲折はあれども言えば「名前は聞いた事ある」程度の大学を卒業し、アパレル販売員として働いている。

 

今年、結婚もした。

 

自分としてはなんとか「人並み」程度にはなったと思う。いや、やりがいある仕事についている事や優しい旦那に恵まれていることを考慮すると、人並み以上とも言えるかもしれない。

 

このブログでは、15歳で発達障害と診断されたメンヘラ女子が、10年かけていかに「人並み」程度に生きていけるようになったかを綴ったものである。

 

発達障害と言わずとも、生きづらさを抱えているマイノリティー達に少しでもこのブログが救いになれば幸いである。

 

 

 ⬇ADHDがやりがちなミスについての対処法が載った本。ねこのイラストが可愛い。

どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」

どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」

 

 

ADHDについての解説マンガ。本人もADHDでギャグの突拍子無さが「ザ☆ADHD」 

めざせ!ポジティブADHD

めざせ!ポジティブADHD

  • 作者: あーさ,山下裕史朗/水間宗幸
  • 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
  • 発売日: 2007/06/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 7人 クリック: 54回
  • この商品を含むブログ (7件) を見る